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| 解説 |
| “夭折の詩人”と呼ばれた中原中也(1907〜1937)の詩集『山羊の歌』に収められている「生ひ立ちの歌」を、木村朱里とコンビを組むピアニスト早川修司氏が、今回のアルバムの新作として作曲・編曲をした。 |
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| 解説 |
| 木村朱里の友人で、美輪明宏さんのバンド・リーダー、セルジュ染井氏のオリジナル曲、木村、セルジュのコンビで行く、文化庁派遣の学校訪問コンサートでは人気ナンバーワンの曲。田圃道に咲く花々の風景を歌ったこの曲を、今回は、ジャズピアニストの市川秀男氏が、都会生活者にも“郷愁”を感じさせるサウンドで編曲。 |
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| 芽ばえ |
| なかにし 礼/作詞 川口 真/作曲 市川秀男/編曲 |
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| 解説 |
| 1970年、なかにし 礼氏の作詞、川口真氏の作曲で東芝EMIから出版された、木村朱里のレコード曲。オリジナルのフルバンド編成に対して、今回はフォーリズム編成で“熟年の男女の恋”を想わせる軽快なボサノバでリメイク。 |
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| ロマーニッシェス・カフェの娘達の歌 |
| フリードリヒ・ホレンダー/作詞・作曲 藤木 涼/訳詞 早川修司/編曲 |
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| 解説 |
| 1920年代のベルリンで、ロマーニッシェス・カフェは作家や芸術家、ジャーナリストなどが頻繁に出入りする文化的なカフェとして知られていた。そうした有名人との出合いを求めてこのカフェにたむろする文学かぶれの娘達を軽妙にからかった歌。 |
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| もしアタイが死んだら |
| フリードリヒ・ホレンダー/作詞・作曲 藤木 涼/訳詞 早川修司/編曲 |
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| 解説 |
| ホレンダー作詞・作曲。ホレンダーは『ベルリンの貧民街の少女の歌』という枠組みで、一連の際立ったセンチメンタルな歌を書いた。これはそのうちでも最も有名な曲。貧しい少女が、自分が死んだ時のことをあれこれ思い描く夢想の歌だ。ホレンダー夫人でキャバレー歌手のブランディーネが、ベルリン訛りで歌って人気を博した。 |
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| 万引き女 |
| フリードリヒ・ホレンダー/作詞・作曲 藤木 涼/訳詞 市川秀男/編曲 |
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| 解説 |
| ホレンダー作詞・作曲。1931年にベルリンで上演されたレヴュウ『シュルテン・ヴィラでの大騒ぎ』の中で歌われた。何でもくすね取らずにはいられない脅迫観念に取り付かれた女の身の上話しといったところ。 |
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| 塹壕 |
クルト・トゥホルスキー/作詞 ハンス・アイスラー/作曲
藤木 涼/訳詞 早川修司/編曲 |
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| 解説 |
| 1926年キャバレーの歌。作詞は20年代のベルリンを代表するジャーナリストで詩人のクルト・トゥホルスキー、作曲はのちにブレヒトの良きパートナーとなったハンス・アイスラー。塹壕で無数の兵士が無惨に死んだ第一次世界大戦のような悲惨な戦争を、二度と起こしてはと強く訴える反戦歌。 |
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| リリー・マルレーン |
ハンス・ライプ/作詞 ノルベルト・シュルツェ/作曲
なかにし 礼/訳詞 早川修司/編曲 |
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| 解説 |
| この曲は、第二次大戦から生まれた「戦時の歌」。ハンス・ライプの詞にノルベルト・シュルツェが作曲、ラーレ・アンデルセンの歌でレコード録音され、1941年、兵士向けのラジオ放送を通じて人気が高まった。やがてイギリス軍兵士の間でも愛唱されるようになり、すでにアメリカに移住していたドイツ出身の女性歌手マレーネ・ディートリヒも、連合国側による放送でこの歌を歌っている。戦争を背景とした歌とはいえ、好戦的な内容とはほど遠く、恋人との別れの悲しみを歌った厭戦的なこの曲は、アンデルセンのやさしく慰撫するような甘い歌の魅力と相まって、戦場の疲弊した兵士たちの心をしばしば慰め、癒したのだろう。 |
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| セアヴス・ドゥ |
ベンノ・ヴィニ/作詞 ローベルト・シュトルツ/作曲
滝 弘太郎/訳詞 早川修司/編曲 |
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| 解説 |
| 『セアヴス』は、オーストリアや南ドイツでよく使われる挨拶の言葉。「こんにちは」、「ごきげんよう」といった意味もあるが、軽い挨拶として使われることが多い。「それじゃあ」「じゃあね」が近いだろう。「ドゥ」は、「あなた」。呼びかけだ。作曲者は20世紀のドイツ、オーストリアを代表するオペレッタ作曲家ローベルト・シュトルツ。シュトルツはこのほか、膨大な数の映画主題歌、ドイツ語のシャンソンなどを書いた。1911年に書かれたこの曲は、数あるシュトルツのシャンソンの中でも最高傑作のひとつ。心躍る出逢い、愛の喜び、そしてやがて訪れる別れが、切ない甘美な旋律にのせて歌われる。作詞はベンノ・ヴィニ。 |
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| もし私がバラの花なら |
| ハンガリー民謡 ブローディ・ヤーノシェ/作詞 木村朱里/訳詞 早川修司/編曲 |
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| 解説 |
| ハンガリー民謡のメロディーに、新たにブローディ・ヤーノシュが作詞し、女性歌手のコンツ・ジュジャが歌い、1973年に大ヒットした。今回のCD制作にあたり、本国のブローディ・ヤーノシュ氏に連絡をとったところ「あめでとう」の言葉を添えて快諾してくれた。近い未来にコンツ・ジュジャと木村朱里のジョイント・コンサートが行われる可能性が出てきた。 |
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| 木村朱里音楽事務所 |
〒178-0062 練馬区大泉町6・13・10・301
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